就職を非ソフトウェア会社にしたわけ

就職活動は出遅れたものの、いわゆるプログラマシステムエンジニアとかそういうソフトウェア開発のようなものは避けた。というのも、日本のソフトウェア産業は伝統的に高コスト体質を引きずっていて、早晩崩壊する可能性が高いからだ。間違った場所に就職して自殺行為をするより、さっさと他分野に行った方がよいからだ。

そもそも、シリコンバレーでは優秀なエンジニアが設計をし、それをインドに外注するのが標準となっている。そういうわけで、単純コーディングのような作業は米国国内には必要ない。でも、伝統的な日本のビジネススタイルだと、営業から上流工程設計、末端のプログラマによる下流設計まで全て国内でやろうとする。

そういうわけで、日本のソフトウェア産業はかなりの無駄がある。今、日本はまだ無駄をぜんぜん省けていない。だからシステムエンジニアの残業が月に160時間とかそういう事が増えるのだ。末端のプログラマを外国に発注するだけでも、かなりの無駄を省くことができる。外見的には外注とか言って単純コーディングを会社の外、いわゆるアウトソーシングをやっているが、中身は単なる下請けいじめである。もし、日本の下請けではなくて、外国に発注したらどうなるか。安い給料で優秀に働くのであれば国籍はどこだってかまわない業界なのだから、日本の単純コーディングのような作業をする人たちはさっさと辞めさせられるに違いない。そういう場所に自分がわざわざ行く必要もない。というわけで、大学は情報系だったが就職は別な業種にしました。