スープカレーを食べる

今日は高校の友達2人と、その友達の友達の人とスープカレーを食べに行った。高校を卒業してから疎遠だった人たちと会えるのはとても嬉しいことであった。しかも、その友達の友達という人と会えたことも私にとっては収穫であった。

それにしても、高校の頃と大学生の今とではかなりの断絶があるというふうに自分では思う。もちろん外見や性格ではあまり変わらないけれども、二浪までして進路を決めかねていた長い時期は自分というものをすっかりと変えてしまったようだ。過去の時間をちょうどカッターとかはさみで切り抜いて、その切り取ったを元に戻そうとしても、うまく戻らないように。

過去を振り返るというのは折り目にはちょうどいいことなのかもしれないけれど、今の自分にとっては過去を振りかえすぎな気がした。大学生活でなんかちょっと不満なことがあったりすると、「高校時代はああだった」とかっていうふうになってしまっている。これじゃあ、なんかどっかの寂れた老人と何も変わらない。

2000年に高校を卒業してから2003年に大学に入学するまでの間、自分にはどのような変化があったのか。予備校に通っていた浪人1年生の頃は何もかも高校生活の延長線上にあった。予備校ではあえて友達を作ろうとはしてなかったけど、それで何も困ることはなかったし、追いつめられても居なかった。

追いつめられたのは浪人してまで受験した大学に落ちたことであった。私はほんとうに人生の崖っぷちというものを経験した。同期の人ならば高卒で社会にでて少し慣れたというぐあいなのに、私は未だに親のすねをかじりつつ、何も努力をしていない、ただの中途半端な人間だった。けれど、浪人時の不合格が私の人生の転機になったと思う。

人生の問題で、どうにもこうにも不可避な問題が存在すると言うことはあたまの中ではわかっていたけれども、いざ自分の身に降りかかるということは予想だにしていなかった。浪人2年目が決定した瞬間は本当に辛かった。周りはみんなどんどん成長しているのに、自分だけ成長していないという、この決定的な事実。

周りの人はさんざんけなしたけど、私にはクリスチャンのおじがいて、その人たちの家族だけはバカにしなかった。自分はクリスチャンだけはにならないと思っていたのに、人生の挫折を知ることによってクリスチャンとされた。これは神さまの恵みだと思う。高校から素直に大学生になっていたら、たぶん傲慢かぎりない人間になっていたことだと思う。